By ドメストル美紀
フランスには、Arts de la tableという言葉があります。直訳すると、「食卓のアート」。日本語では、テーブル・コーディネート、もしくはテーブル・デコレーションという言葉で解されていますよね。
でも、今回だけは敢えて「食卓のアート」、という言葉を使いたいと思います。このところフランスの食卓の「アート」に、こころを奪われることが続いたのですよ。中でも今回は、お皿 les assiettesについて話したいと思います。
Arts de la table、食卓のアートに含まれるものには、テーブルや椅子といった調度品から、テーブルを覆うテーブルクロスla nappe、セルヴィエットla serviette(ナプキン)といったリネン類。
さらに、燭台 le chandelier (シャンデリアの語源ですね)やテーブル・フラワーといった飾り物、グラス les verres、ナイフ&フォーク les couverts、そしてデザート皿(assiettes à dessert)やディナー・プレート (assiettes plates)、 スープ皿 (assiettes creuses) といったいろいろなお皿たち les assiettesがあります。
お皿が語るとき
このところ、わたしはお皿という磁石に吸い寄せられているようです。
一つには、昨今のブロカント・ブームがあります。中でも人気なのは18・19世紀の陶器製の皿たち。どことなくカントリー調で、ノスタルジックで、シャビーシックな味わいが愛されています。
わたしも、暇があると「蚤の市」とか、「ブロカント」というキーワードで動画を検索しては、うっとりと見ています。
実は夫の家より結構な量のアンティークを受け継いでおりまして、義母より、「これは代々引き継いできた〇×で」と注釈が付けられたこともあり、割ったら怖い、としまい込んでいたのです。
でも、お皿は、そう滅多に割るものでもない、という経験値もできてきたので使い始めた昨今でした。実際、陶器のお皿はそう簡単には割れません。端が少し欠けても、ひびが入っていても、その状態で存在し続けます。
一枚一枚のお皿に、先人たちの暮らしの想いが詰まっている、「そうよ、人生いろいろあるけれど、そう簡単に割れませんって」といわれているよなそんな温かさが伝わってくるのです。
陶器と磁器の違い
陶器のことばかり話しましたが、磁器というものもありますよね。
焼き物は、陶器 la faïenceと磁器 la porcelaineに大別されることはよく知られること。陶器は基本的に陶土から作られ、釉薬をかけてあります。一方の磁器は、陶土に石粉を混ぜて作るので薄いけれど割と頑丈、ゆえに薄くて繊細なものを作ることができる、これも言われてみれば「知ってる、知ってる」。
そうなのですが、陶磁器という言葉があるため、少し混同していたところがありました。そんな混乱もお皿に惹かれる昨今、書籍や蚤の市、ブロカント動画のおかげで整頓されたところがあります。
使い分け方ですが、例えば夫の両親は、田舎の別荘ではアンティークの陶器の皿を使っていて、パリのアパルトマンではリモージュ窯の磁器を使っています。確かに陶器はぽてっとしていて、田舎の素朴さに似合いますし、磁器の繊細さはパリによく似合います。
うちではそのような使い分けはできていませんが、ほっこり系の食事のときは陶器を、お客様のときは磁器を使うことが多いかな。 あと、和食のときも、白い磁器や日本から持ってきた横浜窯の皿を使っています。
フランスの、アンティークの陶器は、フランスの暮らしが根付いているのか、どうしても和食と合わないように感じられるのです。
さらっと歴史も……
陶器がフランスで作られ始めたのは17世紀のこと、18・19世紀に全盛期を迎えますがその後、製陶所の数は激減します。一方の磁器は、17世紀にフランスにてお目見えしました。
そう、中国の磁器です。東インド会社を通して輸入され、貴族・王族といった富裕層は、その硬質で絵柄も美しい磁器に心を奪われます。
フランス人を魅了したのは、中国の磁器だけではありません。有田焼の柿右衛門窯は、その赤絵の繊細な絵付けで大人気となります。ちなみに今でもKakiemonという名は一つのスタイルとしてフランスでも知られています。
その後、リモージュ地方でカオリンという粘土が発掘され、本格的な磁器が誕生します。そう、リモージュ磁器です。アメリカ人のダビド・アビランド (David Haviland) はこのリモージュ磁器に魅せられ、本国に輸出すべく大量生産を始めます。こうしてフランス磁器は黄金時代を迎えるに至った、ということです。
宝の国、フランス
この度、フランスの初期の磁器を、目にする機会がありました。
一つはベルサイユ宮殿で開催されていたルイ15世展。
フランスで磁器が作り始められたのは、フランス東インド会社ができた10年余り後のことです。でも、フランスの磁器文化を確立したのは数十年後の18世紀。ルイ15世の愛妾ポンパドール夫人の時代です。
おそらく、皆さんも、ルイ15世の存在は朧気にしか認識していないけれど、ポンパドール夫人についてはよくご存じではないでしょうか。フランスの芸術と文化のメセナ的存在であるポンパドール夫人は、王立の磁器窯元をヴァンセンヌに作ります。
そこでフランス独自のスタイルを創り、やがてセーブルに王立製陶所を移してからは、欧州諸国の王家から注文を請けるに至ります。
フランスの王宮で使われていた多くの磁器は革命で破損されたり、売り飛ばされてしまったそうです。ちなみに、冒頭の写真の大きなボウルは、ロスチャイルド家が所有していましたが、2011年にオークションにかけられ、百万ユーロ余りの価格で競り落としたそうですよ。
日本の焼き物もパリで愛されています
美しい焼き物といえば、日本のお家芸でもあります。
先日はギメ東洋美術館を訪れました。目的は開催中の歌川広重の団扇絵の展覧会。広重の浮世絵には胸を打たれますね。遠くに見える富士山、夕暮れを背景に連なる雁の群、粋な着物姿、すべてに郷愁が募ります。
こちらは5月末まで開催しているので、パリ近郊にいらっしゃる方はぜひ訪れてください。
Hiroshige
et l’éventail
Voyage dans le Japon du 19e siècle
Exposition du 15 février au 29 mai 2023
焼き物の話じゃないの、って?。はい、そうですそうです。
広重展の隣には、常設の日本セクションがあります。こちらには日本の宝物がたっくさんあるので必見ですよ。
屏風絵、掛け軸などもうっとりの美しさなのですが、わたしは器たちにこころを奪われました。写真があまりにひどいので申し訳ないのですが、ぜひ本物を観に行ってください。
右下の平皿の絵柄のモダンなこと!江戸時代の作品だったかと記憶しています。その左隣の青絵の皿は、花を眺めていると、皿の中の庭に取り込まれていくような錯覚に陥ります。
どの器もずっと見ていたい、という気持ちになりました。
日本の陶器・磁器も素晴らしい!
美しいものが持つ力
かつては王族・貴族が愛した磁器も、やがて一般市民の間でも普及されるようになります。
美しいもの、愛着あるものに囲まれて暮らしたい、という思いは万人のものですものね。
暮らしはアート、というと大げさに聞こえますが、器を見ていると、それを実感します。
暮らしはアート。
もっと慈しみたい。大切にしたい。
そんな気持ちになりました。
最後に圧巻なるオブジェをお見せしましょう。磁器製です。こちらもベルサイユ宮殿で展示されていました。
それにしても美しいものは人に活力を与えますね。
また近々「フランスの美しいもの」を紹介したいと思います。
à bientôt!