ノルマンディーといえば……に始まる歴史観のハナシ

パリ暮らし
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Byドメストル美紀

残暑お見舞い申し上げます。
写真からノルマンディーのひんやりした潮風が届くとよいのですが……。
白い岸壁も美しい、静かな浜辺で数日過ごしてきました。

ところで、皆さんはノルマンディーというと、何を連想しますか?

ノルマンディーといえば、食いしん坊組には「クリーム」でしょうか。
ノルマンディー産の発酵バターは有名ですし、カマンベール Camembertに、ウォッシュタイプのポンレベックPont-L’Evêque、そうそうハート形のチーズ、ヌシャテルNeufchâtelもノルマンディー産です。

あとシードルとカルヴァドスもノルマンディーの名物。

食べ物以外だと、シックな海辺の街 ドーヴィルDeauvilleがあり、モネの絵で有名なルーアン大聖堂があります。そうそう、モンサンミシェルもノルマンディーだっけ。

……と、フランスに住み着く前のわたしはこんな感じでした。

でも、今のわたしは違います。

フランスでノルマンディーといえば……

フランスでは、そして西洋諸国では、ノルマンディーと言えば、「ノルマンディー上陸作戦」。第二次世界大戦のターニングポイントとなった壮絶な戦いの場なのです。


ノルマンディー上陸作戦は、第二次世界大戦中の1944年6月6日に連合軍によって行われたドイツ占領下の北西ヨーロッパへの侵攻作戦で、連合国の兵員約16万人がドーバー海峡を渡って北フランス・コタンタン半島のノルマンディー海岸に上陸した、現在に至るまで歴史上最大規模の上陸作戦です。

連合軍としてドイツと交戦した主戦国は、イギリス、アメリカ合衆国、カナダ、フランス自由軍。約4千4百人が戦死しており、海岸沿いには各国の兵士の墓地やメモリアルが建立されています。

もしご興味あれば、映画『プライベート・ライアン』や、もっと古いところでは、『史上最大の作戦』をご覧になることをお勧めします。

わたしも、高校時代に世界史の授業にてこの戦いについては学んでおりましたが、その壮絶さを想像できなかったのでしょう、「そんな史実があったっけね」と頭の片隅に放置されたままになっていました。

それがフランスで暮らしていると、毎年6月には厳粛なセレモニーの様子が報道されますし、子どもたちも学校の授業で学んできたことを話したり、戦争映画も好んで観ますので、じわじわと、この悲惨な歴史の情景が頭に刻み込まれるに至ったのです。

ノルマンディーの浜辺は、引き潮のときなどは果てしなく砂浜が広がり、それはそれは美しいのですが、その浜はかつての上陸作戦に使われた場所。多くの、実に多くの兵士が命を落とした場所でもあるのです。
そう思うと、この青い海が一段と愛おしく感じられるようになりました。

オマハビーチ、アメリカ軍が上陸した浜です。

さて、この機にフランスと日本の歴史観の、ズレというか温度差についてリストアップしてみたいと思います。

私感だらけの、それこそズレた感触ですので、「えーっ、そんなことないと思うよ」という方は、ぜひぜひご意見をお聞かせくださいませ。

その他の歴史観のズレ――悲劇の王妃、マリーアントワネット

日本で知られているフランスの歴史的人物を挙げるとしたら、マリーアントワネットはトップテンに入っているのではないでしょうか。

ベルばらのヒロインであり、革命で処刑される悲劇の王妃であるマリーアントワネット。
日本ではファンが多いですし、かつてはアメリカではソフィア・コッポラにより映画も作られたほどの人気者です。
だから、当然、マリーアントワネットはフランスを代表する人物だと思っていたのですよ。

ところが、フランスではマリーアントワネットは注目度低し、なのです。

たとえばベルサイユといえば、マリーアントワネットでしょう? と思うのですが

フランス人にとっては、ベルサイユはあくまでも太陽王ルイ14世のお城であり、次は15世であり、最後は16世の宮殿。マリーなんぞやは二の次、いや三の次的な存在なのです。

わたしも、フランス人の集いにて 良かれと思って「マリーアントワネット、最高ですよね、日本でもすごい人気なんですよ」と語ったら、場が白けてしまってあたふたしたことがあります。

マリーアントワネットへの関心のなさの一つには、彼女はオーストリアから嫁いだ外様がゆえ、といわれています。あとは、浪費癖だとか、ネックレスを盗んだとされる(濡れ衣なのはわかっていても)スキャンダルだとか、ネガティブなイメージが強すぎるというのもあるのでしょう。

そんな彼女も、日本とアメリカでの人気を受け、近年はフランスでも取り上げられることも増えました。ネガティブなイメージを正そうという動きもあり、新たな史実も掘り起こされています。マリーアントワネット・ファンとしては嬉しい傾向です。

その他歴史観のズレ―― フランス革命

フランスの歴史といえば、フランス革命ですよね。

絶対王政が倒され、自由や平等、人民主権などが規定された素晴らしい革命。市民の力で、悪者であった王族・貴族はギロチンに掛けられたのですよ、ほんとスゴイ。さすがフランス。日本ではありえない。市民は誇りでしょうね、Vive la France!万々歳! ですよね。
……日本にいた頃のわたしは、そんな風に思っていいたところがありました。

もちろん、その後に行き過ぎというか、恐怖政治に陥ったこととか、王政復古があったり、やがてナポレオンによる帝政が始まって……という流れは知っていますよ(実は史学科出身だったりします)。

でも「フランスでは100%ポジティブなんでしょう? なんてったって、国歌は革命軍歌だし」と思っていたのです。

それが、フランスに暮らすようになって、フランス人たちも必ずしもこの革命をポジティブに受け取っていないんだな、ということが見えてくるようになりました。「それは、わたしの嫁ぎ先がフランス貴族だからでしょう」と思われるかもしれませんが、どうやらそれだけではなさそう。

特に、国王ルイ16世をギロチンで処刑したことに、フランス国民は罪悪感を持っている節があります(ここでもマリーアントワネットのことはそこまで気にしておらず……)。殺す必要はあったのか、という。そういった議論が、時に触れメディアで行われていますし、関連する書籍も毎年のように出版されています。

また「市民革命」として伝わっていますが、日本語で市民というと「市井の民」というイメージでしょう?でも実際には、富裕層(ブルジョア)の男性主導の革命なのです。

共和制としつつ、女性の参政権をはく奪(王政では一部の女性は参政権があった)し、農民の生活苦は変わらない、大虐殺もあったし。今のフランスでは、フランス革命は、功罪の「罪」の部分もかなり大きかったという認識です。

その他の歴史観のズレ

フランスのことではないのですが、スターリンについて。
先日、旧ツィッターにて、どなたかがスターリンに触れたつぶやきを投稿されていてハッとすることが。
内容は覚えていないのですが、スターリンを単なるいち歴史上の人物、と捉えているような書き方だったかと。

実はわたしも、以前は、スターリンとレーニンは横並びというか、「二人ともソビエト連邦の立役者だったよね、レーニンが革命を起こして、スターリンは第二次大戦のときの指導者だよね?」という程度の理解でした(ほんとに史学科出身なの?と思われますよね……スミマセン)。

もうこの際ですから、もっとバカなところを露呈しましょう。
スターリンといえば、浮かれていたころの日本には役者さんでそっくりな方がいて、それがお笑いネタになっていましてね。
そんなこともあって、スターリンとはお笑いネタにしてもいいような人なんだ、という認識があったことを白状します。まったくもって思考停止している若き日のわたしなのです。

でも、フランスに住むようになって、人々の会話や報道のされ方を見ているうちに、西欧諸国では、スターリンはヒトラーと並ぶ残虐は独裁者だった、という認識があることを知ります。検索すると、恐ろしい大粛清(政治的な弾圧)について記されています。大虐殺の犠牲者数は1000万人以上とか。

スターリンはお笑いネタにすべき人ではありませんでしたし、その罪悪をしっかりと把握するべき狂人です。

今の日本人が、昔のわたしのような低レベルとは思いませんが、歴史の伝わり方、大丈夫かな、とふと不安になった次第です。

「バーベンハイマー」

この夏、フランスでは、映画『オッペンハイマー』と『バービー』が大ヒットしました。
前者は学者オッペンハイマーが原爆の父と呼ばれるようになった経緯と、彼の原爆投下後の苦悶を描いた映画です。
バービーはバービー人形の実写版ですが、ジェンダー意識や差別に関しても問いかける内容とのこと。

両映画のヒットを受けて、SNSでは「バーベンハイマー」として、きのこ雲を被ったバービーや、戦火を背景にオッペンハイマーの肩に腰かけたバービーが勝利の笑顔を浮かべている合成写真が出回りました。時は8月初め。キャプションは、「忘れられない夏になる」。

これを知ったときは、ふざけるんじゃない、と怒りで震えてしまいました。
バービーの配給会社は、SNS上で炎上した批判の言葉を受けて陳謝し、このケースは閉じましたが、わたしの怒りは簡単に収まらず、「アメリカの戦争歴史教育をしっかりすべきよ」とツィートしたり。

……でも、わたしの歴史認識の軽薄さを鑑みると、「どの口が言う」ですよね。
日本では伝わり方が違ったし、な言い訳にならず、一重にわたしが軽薄に生きていたからでしょう。いや、でも、やはり日本のメディアや教育の責任も少しはある?

……などなど熱くなってますね、わたし。

楽しかったなぁ。

ノルマンディーでのんびり過ごしてきましたが、バカンス・シーズンもまもなく強制終了の時がきます。

秋はフランスでは新年度スタートの季節ですし、そろそろ気を引き締めなさい、と自分に言い聞かせているからでしょう、いつになく真面目なハナシになりました。
一つの日仏比較バナシということで、お目通しくださいませ。

日本の皆さまへ、秋風が一日でも早く吹きますように。フランスより祈っております。
フランスの皆さまは、どうぞ最後の一滴まで夏を楽しまれますように。

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